アスペルガーにブラインドバリアフリーを

アスペルガーへの差別

日本のアスペルガーには「プライバシーを保ちながら支援を受けられる仕組み」が必要だと自分は思う

「和」を重視する日本では、「空気が読めない」アスペルガーは大罪人扱いされがちだからだ。

故に、専門職以外の一般人には、伝えない方が良いと自分は思う。

ブラインドバリアフリーのやり方

ブラインドバリアフリーの具体的なやり方としては、ASD向けのバリアフリーな社会制度を、発達障害者専用ではなく、健常者も含めた全ての人にとっての選択肢にする事で、ASDを持つ事を隠しやすくすると良いと思う。

例えば、アスペルガーを持つ人は、生まれつきコミュニケーションの障害がある。

そのため、アスペルガーを持つ人には、進学・就職における面接試験を免除、あるいはSPIのような適性検査テストで代替、といったバリアフリーな社会制度が考えられる。

ただし、面接試験のために待合室などで待つシステムの場合、そこにいなかった人に自閉系の発達障害があると推測しできてしまう。

かといって、待合室を複数設けたり、複数日に分けてやるのは、コスト効率が悪い。

そのため、面接試験の免除・代替は、アスペルガーを持つ人だけでなく、健常者でも希望すれば受けられる、といったシステムにすると良いと思う。

例としては良くないが、例えば、容姿が優れた人は面接が有利だが、容姿に劣っている人は面接に不利だ。

そういった人も、面接試験の免除・代替システムがある場合、SPIのような適性検査テストを面接の代わりに受けると考えられ、そういった人達とASDが共に、制度を利用すれば、誰がASDなのか分かりにくくなる。

また、重度のASDは100人に一人だが、軽度のASDまで含めると10人に一人になる。

バリアフリーな社会制度を、発達障害者専用ではなく、健常者も含めた全ての人にとっての選択肢として設計すれば、そういった軽度のASDの人も、ASD向けのバリアフリーな社会制度を利用しやすくなる。

免責条項
・当ブログは、管理人が書籍を中心に得た情報を分析してまとめていますが、あくまで管理人個人の主観による物です。
・治療や就労、及びそれらに付随する一切の事柄の判断は読者の責任でお願いします。
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知的障害が伴わない発達障害者は「準障害者」に

知的障害の伴わない発達障害者は、「準障害者」という扱いにした方が良いと自分は思う

知的障害の伴わない発達障害者は、環境が合えば、普通に働けるからだ

発達障害という言葉の使われ方

  • 発達障害そのもの
  • 発達障害を背景とした適応障害
  • 発達障害を背景としたいじめ後遺症

発達障害そのものは、「疾患としての障害」ではなく、「人類の生物としての適応」の一つ。

だが、「適応障害」や「いじめ後遺症」はれっきとした「疾患としての障害」だ。

「疾患としての障害」ではない発達障害を「準障害者」という扱いにする理由は、発達障害は、適応障害やいじめ後遺症に繋がりやすいため、それらを予防するための支援が必要だからだ。

発達障害者へのバリアフリーな社会制度もその一つだ。

そして、「準障害者」とすれば、発達障害の当事者にとっては過剰に権利を制限される事がなくなるというメリットとなる。

そして、政府の側には、過剰な支援をする必要がなくなり、社会保障費の効率的な使い方ができるというメリットになる。

境界知能の人も「準障害者」に

「ケーキの切れない非行少年たち」には、境界知能(IQ70~85)の人達が、数が多すぎるため、支援の対象から外され、十分なサポートを受けられていないと書かれていた。

確かに、境界知能の人達に、知的障碍(IQ70以下)並みに手厚い支援をするのは、数が多くて、コストがかかりすぎるため、無理だろう。

境界知能の人達も、準障害者という扱いにし、コストがかかりにくい支援をすると良いと思う。

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アスペルガーが集団にもたらすメリット

発達障害を、「疾患としての障害」ではなく、「人類の生物としての適応の一つ」とする説は「ニューロダイバーシティ」と呼ばれる。

ニューロダイバーシティの視点から、アスペルガーが集団にもたらすメリットをまとめた。

アスペルガーが集団にもたらすメリット

  • 技術的イノベーション
  • 集団の暴走を防ぐ
  • 集団外部の脅威を見張る
  • リスクに強い

技術的イノベーション

アスペルガーを持つ人は、興味範囲の限定性や繰り返しの特性で、技術者に適性が高く、技術的イノベーションを起こしやすい。

参考記事:「自閉症は人類進化に必須の性質(11月15日Time & Mindオンライン掲載論文)

集団の暴走を防ぐ

アスペルガーを持つ人は、社会性の障害から、集団の多数派に合わせる事よりも、科学的法則を重視する傾向がある。

その社会性の障害の特性から、アスペルガーを持つ人は多数派の意見に流されず、冷静に状況を判断でき、集団の暴走を防いで来た。

参考記事:「自閉症は人類進化に必須の性質(11月15日Time & Mindオンライン掲載論文)

集団外部の脅威を見張る

アカゲザルの群れには、集団内の社交に注意を払う個体と集団外の脅威に注意を払う個体がいて、それは遺伝的に決まっている。

人間の場合、アスペルガーが集団外の脅威に注意を払う個体に当たる。

参考記事:「自閉症者が人類社会に「不可欠」である理由 〜実は障害ではない!

最近では、地球温暖化に反対し、国際的な影響力を及ぼした16歳の環境保護活動家のグレタ・トゥーンベリさんが好例だと自分は思う。

リスクに強い

ASDは不安が強い特性がある。

逆に、サイコパスは恐怖を感じにくい特性がある。

まとめると、不安の感じやすさは、「ASD >健常者 >サイコパス」の順になるのだと思う。

そして、確率分布は正規分布となる。

正規分布とは、簡単に言うと、以下のようになる。

  • 極端にマイナスな事は小さな確率で起きる
  • 平均的なプラスマイナスの事は中程度の確率で起きる。
  • 極端にプラスな事は小さな確率で起きる

そして、

  • ASDは小さな確率で起きる、極端にマイナスな事に備える個体、
  • 健常者は、平均的な確率で起こる平均的な値の事に備える個体。
  • サイコパスは、小さな確率で起きる、極端にプラスな事に備える個体

なのだと自分は思う。

ASDのように不安が強い個体がいれば、確率的に小さいが、ダメージが大きい大災害が起きても、集団が全滅せず、一部分だけでも生き残れる。

逆に、サイコパスのように不安を感じにくい個体がいれば、確率的に小さい大チャンスが訪れた時、それを取り逃す事なく、活かして集団の繁栄に繋げられる。

そして、ASDやサイコパスが100人に一人と少数派なのは、確率的に小さい事に備える個体のため、数が少なくても良い、という事だと自分は思う。

あと、「自閉症スペクトラム」という名前が示す通り、特性はグラデーションのように濃淡を為している。

病院で診断される重度の発達障害者は、100人に一人だが、軽度の発達障害者まで含めると10人に一人にまで増えるらしい。

そういった軽度の発達障害者も同様の傾向があると自分は思う。

まとめると、

  • アスペルガーは不安が強いため、リスクに強い
  • 健常者は通常の事をこなす
  • サイコパスは不安を感じにくいため、チャンスに強い

のだと自分は思う。

あと、アスペルガーは不安が強いため、ストレスに弱く、リスクに弱いじゃないか、という反論もあるかもしれない。

リスク対策には、

  • 予防対策
  • 発生後対策

の二つがある。

アスペルガーは、不安が強く、ストレスに弱いため、発生後対策には弱いかもしれない。

だが、予防対策はリスクそのものの発生を抑えるため、ストレスは発生せず、アスペルガーを持つ人は得意だと思う。

一応補足しておくと、アスペルガーがリスクに強い、というのは自分の個人的な考えだ。

まとめ

アスペルガーを持つ人を「空気が読めない人」として集団から排斥すると、集団の暴走が起きやすくなったり、集団外の脅威への対処が遅れるといった被害が出やすくなる可能性が高い。

政府が少数民族を保護するように、アスペルガーも遺伝的なマイノリティとして、政府が保護する事が必要だ、と自分は思う。

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発達障害者へのバリアフリー

自分がこのブログを始めた理由は、発達障碍者にとってのバリアフリーな社会制度を作る方が効率的な治療になる、という自分の考えを社会に伝えたかったからだ。

1.現在の治療の問題点

現在のアスペルガーへの治療は「アスペルガーを普通の人達に近づける」事を目的にしている。

確かに、表面上だけでも普通の人達と同じ振る舞いをできれば、ASDへのいじめや虐待を避けて二次障害を防ぐ事ができる可能性が高いだろう。

だが、「普通」に見えるアスペルガーは、「普通」に見えるようにかなりの努力をしており、アスペルガー症候群の当事者への負担が大きい。

加えて、発達障碍者を「普通の人達」に近づける治療は、社会の多様性を失わせ、一つの原因で集団があっさり全滅するリスクを高めてしまう側面を持つ。

例えば、品種改良したた生産性が高い作物を大規模栽培する農場は、収穫量は増加するが、一つの病気だけで作物が全滅するリスクが高い。

画一化による生産性の向上は、ほどほどならメリットの方が大きいが、やりすぎるとリスクの方が大きくなるのだ。

発達障害の遺伝子が、現在まで絶滅せずに人類の遺伝子の中に残ってきたのは、人類という「種」にとって、発達障害が有益だったという可能性が高いと自分は思う。

2.バリアフリーな社会制度

上記の二つの理由から、発達障碍者にとって暮らしやすい「バリアフリー」な社会制度を整備して、発達障害の「生きづらさ」を柔らげる治療方針の方がメリットが大きいと自分は思う。

ちなみに、現在も病院などで行われている「環境調整」は、個人レベルの環境を変更する事であり、自分の主張する「バリアフリー」は社会全体のレベルで環境を変える事、という違いがある。

発達障碍者を「普通の人達」に近づける治療は、社会全体の環境を変えた後も深刻な生きづらさを抱える場合、に限定した方が良いと自分は思う。

3.トレードオフ

予想される反論には、「発達障碍者が暮らしやすい社会を作ろうとしたら、『普通の人達』の暮らしやすさが犠牲になるのでは?」という意見があるだろう。

確かにそういったトレードオフの部分もあるだろう。

だが、全ての状況でトレードオフになる訳ではない。

発達障碍者が暮らしやすい社会が、「普通の人達」にとっても暮らしやすい社会になる、という状況も多数あると自分は思う。

例えばアスペルガーには、進学時の入試や就職・転職時の採用試験で、コミュニケーションの障害によって、不利にならないよう面接試験を選択科目制にする配慮が考えられる。

面接試験の代わりにSPIのような適性検査テスト・志望動機をテーマにした小論文で代替、などの選択肢が考えられる。

「普通の人達」にとっては、社交的な人は従来通り面接試験を、内気だったり緊張に弱い人は面接以外の試験制度を選べるようになり、選択肢が増えるというメリットになると自分は思う。

4.両立できない場合

問題は、障害者と「普通の人達」の利害が両立できない場合。

アスペルガー症候群の方が立場が強い場合、例えばアスペルガー尊大型(自己主張が強いタイプのアスペルガー)の夫を持つ専業主婦の妻は、カサンドラ症候群と呼ばれる「うつ病」に近い状態になる割合が高い。

そして、アスペルガー症候群の方が立場が弱い場合、例えばアスペルガー受動型(おとなしいタイプのアスペルガー)は、いじめられて適応障害になってしまう割合が高いと自分は思う。

周囲の人のストレスと当事者のストレスはトレードオフの側面があり、現在の医療は、そういった犠牲の押し付け合いを解決できていない。

だが、そういった場合でも、工夫を凝らす事で「発達障碍者の暮らしやすさ」と「普通の人達の暮らしやすさ」をある程度までは、両立する事も可能だと自分は思っている。

5.まとめ

自分は、発達障害者にとってのバリアフリーな社会制度のアイディアや、実現するための工夫を、このブログで伝えていきたいと考えている。

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