発達障害者へのバリアフリー

自分がこのブログを始めた理由は、発達障碍者にとってのバリアフリーな社会制度を作る方が効率的な治療になる、という自分の考えを社会に伝えたかったからだ。

1.現在の治療の問題点

現在のアスペルガーへの治療は「アスペルガーを普通の人達に近づける」事を目的にしている。

確かに、表面上だけでも普通の人達と同じ振る舞いをできれば、ASDへのいじめや虐待を避けて二次障害を防ぐ事ができる可能性が高いだろう。

だが、「普通」に見えるアスペルガーは、「普通」に見えるようにかなりの努力をしており、アスペルガー症候群の当事者への負担が大きい。

加えて、発達障碍者を「普通の人達」に近づける治療は、社会の多様性を失わせ、一つの原因で集団があっさり全滅するリスクを高めてしまう側面を持つ。

例えば、品種改良したた生産性が高い作物を大規模栽培する農場は、収穫量は増加するが、一つの病気だけで作物が全滅するリスクが高い。

画一化による生産性の向上は、ほどほどならメリットの方が大きいが、やりすぎるとリスクの方が大きくなるのだ。

発達障害の遺伝子が、現在まで絶滅せずに人類の遺伝子の中に残ってきたのは、人類という「種」にとって、発達障害が有益だったという可能性が高いと自分は思う。

2.バリアフリーな社会制度

上記の二つの理由から、発達障碍者にとって暮らしやすい「バリアフリー」な社会制度を整備して、発達障害の「生きづらさ」を柔らげる治療方針の方がメリットが大きいと自分は思う。

ちなみに、現在も病院などで行われている「環境調整」は、個人レベルの環境を変更する事であり、自分の主張する「バリアフリー」は社会全体のレベルで環境を変える事、という違いがある。

発達障碍者を「普通の人達」に近づける治療は、社会全体の環境を変えた後も深刻な生きづらさを抱える場合、に限定した方が良いと自分は思う。

3.トレードオフ

予想される反論には、「発達障碍者が暮らしやすい社会を作ろうとしたら、『普通の人達』の暮らしやすさが犠牲になるのでは?」という意見があるだろう。

確かにそういったトレードオフの部分もあるだろう。

だが、全ての状況でトレードオフになる訳ではない。

発達障碍者が暮らしやすい社会が、「普通の人達」にとっても暮らしやすい社会になる、という状況も多数あると自分は思う。

例えばアスペルガーには、進学時の入試や就職・転職時の採用試験で、コミュニケーションの障害によって、不利にならないよう面接試験を選択科目制にする配慮が考えられる。

面接試験の代わりにSPIのような適性検査テスト・志望動機をテーマにした小論文で代替、などの選択肢が考えられる。

「普通の人達」にとっては、社交的な人は従来通り面接試験を、内気だったり緊張に弱い人は面接以外の試験制度を選べるようになり、選択肢が増えるというメリットになると自分は思う。

4.両立できない場合

問題は、障害者と「普通の人達」の利害が両立できない場合。

アスペルガー症候群の方が立場が強い場合、例えばアスペルガー尊大型(自己主張が強いタイプのアスペルガー)の夫を持つ専業主婦の妻は、カサンドラ症候群と呼ばれる「うつ病」に近い状態になる割合が高い。

そして、アスペルガー症候群の方が立場が弱い場合、例えばアスペルガー受動型(おとなしいタイプのアスペルガー)は、いじめられて適応障害になってしまう割合が高いと自分は思う。

周囲の人のストレスと当事者のストレスはトレードオフの側面があり、現在の医療は、そういった犠牲の押し付け合いを解決できていない。

だが、そういった場合でも、工夫を凝らす事で「発達障碍者の暮らしやすさ」と「普通の人達の暮らしやすさ」をある程度までは、両立する事も可能だと自分は思っている。

5.まとめ

自分は、発達障害者にとってのバリアフリーな社会制度のアイディアや、実現するための工夫を、このブログで伝えていきたいと考えている。

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